自動化推進’ 98年 No1.(2月号)
モノ作りにおける温故知新−これからの日本のもの作りを考える− 特集号

  巧みな機構など忘れてしまえ
新井民夫

この拙文は自動化推進協会発行の会誌「自動化推進」に掲載されたものである.1998年である.その後,2004年に精密工学会生産自動化専門委員会で「自動化の温故知新」と名づけた研究発表会を行った.共に自動化の必要性を歌ったものである.



1.「忘れてしまえ」
  SF作家のアイザック・アシモフは科学エッセイでも著名であった.その一つに小学校の算数の教科書を扱ったものがある.現在の小学校では昔なら高等学校で扱っていたような高度な数学まで教育している.もちろん四則演算などの基本も入っている.そうなると教科書はずっと厚くなっているはずであるが,そうはならない.そうはできないのである.では何が違ったか.昔はヤードポンド法など単位の換算に多くのページを使っていた.しかしそれは10進法の導入によって解決された.正しい方法が導入されて,換算演算なぞ不必要になったのだから,単位の換算など「忘れてしまえ」とアシモフは主張する.その通りである.不必要なら覚える必要もない.だが何が必要で,何が不必要なのかを判断するのははなかなか難しい.

  今の大学生は昔より学ぶことが多い.まず境界領域の分野の重要性が増した.これは学問分野の数が増えたことになる.今まで機械力学・材料力学・流体力学・熱力学の4力学を習得することが「機械屋」であった.今では量子力学や生物の進化も知らなければいけない.加えてどの分野でも「計算機上で表現する技術」が必要となった.材料力学を使うには有限要素法(FEM)も知らねばならない.それどころか,ネットサーフィングもできなければ就職活動もままならない.しかし,時間と能力は限られている.

  そこで大学でも教科書は薄くなる.例えば「生産加工」を考えてみよう.いままで工作機械の名称,材料のリストなどが並んで便覧のようであった教科書は,切削理論などのすぐには役立ちそうもない理屈に置き換わる.理論になり広く適用可能となったのだから,それで十分なのである.縦フライス盤と横フライス盤の違いなど「忘れてしまえ」である.

  「自動化技術」にいたってはもっと徹底している.元々「機械化」「自動化」などという名前の学問分野は存在しない.自動化するために必要な要素を設計するか,要素を連結させてシステムを構築するだけと世の中では思われている.しかし必要なのは,「機械化」「自動化」の対象が何をしていることかを解明することにある.人間であれば上手に実行していることを解析し,本質らしき物を抽出し,そして機械上で実現する.この作業を進めるための教科書は,機構学(あるいは運動学),動力学,制御工学,そしてシステム工学である.それに制御要素を支える電子工学,動かし方を表現するソフトウェア工学であろうか.これらは元々,十分に抽象化されている.だから実際に学問体系を現実の設計に適用するには相当の手間暇かかる.巧みな機構,単純で高効率のからくりを作ることの重要性は分かるが,個別機構にだけ通用する自動化手法を教えてもしょうがない.工学基礎があれば,応用は効く.そこで最後には「自動化なんて忘れてしまえ」となる.


2.機構の設計
  図のようなピックアンドプレース機構が必要な時に,昭和40年代なら適当なカムかリンクを考えた.リンクであれば,入力角の刻み毎に先端の位置をプロットする.三角関数表と計算尺(40年代も終わりの頃には大きな電卓)で計算する.先端の動きが悪ければ,リンク長を変更する.そんなTry-and-Errorの積み重ねでなんとなくリンクの動きを習得する.計算の途中で,時々,桁を間違える.結果がおかしくなるとそれまでの計算結果をひっくり返し,間違いを発見して安心する.

  これが昭和50年代からは,BASICなどの簡単なプログラムに置き換わった.プロットするのは相変わらずグラフ用紙の上に手書きではあったが,いろいろのパラメータを変化できるようになった.(勿論,プロッタも使えたし,FORTRANの大きなプログラムも一般的ではあったが,アイデアをチェックするにはBASICのようなインタープリタは革命的であった.)すると先輩たちは言ったものである.「近頃の連中は,途中結果もチェックせずに,やたら数値計算に走る.その上,有効数字のことなど頭に無い.」それでも,やはりモータは一つで,巧みな機構での動作の実現が目標であった.

  『イマドキの今の若い連中』は巧みな機構など考えない.2自由度ロボットの機能限定廉価版を購入するか,1軸位置決め機構を2軸購入する.すると先輩諸兄はまた嘆く.「2軸で作るのは悪くない.しかし,その前に一工夫する余裕がほしいね!」その通りであろう.だが時代が流れれば,リンク機構など誰も設計対象としなくなっているかも知れない.そしていうのであろう,「昔はリンク機構などという面倒な機構があったな.あの頃は,ヤードポンド法などという難しい単位換算も使っていたな.計算の手間もずいぶん掛かったものだ.みな忘れてしまえて幸せなものだ.」


3.温故知新
  「故 (ふる) きを温 (たず) ね,新しきを知る.」これは〈論語・為政篇〉の「古きを温め,新しきを知れば,以って師たるべし」から来ている.これを,『過去の事例を帰納的に理解し,演繹的な論理構造を構築することによって,学問体系は成立する』と理解するのは身勝手な解釈であろうか.

  自動化の担当者にとって機能仕様を満足する機構を見つけ出すのは重要な仕事であった.設計の過程は探検に模することができ,達成感のあふれた仕事であった.リンク先端の動きを理解し,先人の工夫の結果に触れて,自分でも新しい機構を発見すること,それが自動化の面白さであった.まさに「温故知新」が仕事に感じられるのである.

  それはそれで美しい.しかし,リンク機構もカムも忘れ去られんとするときに,古き良き機構をならべたとしてもノスタルジアでしかない.昔は面白かったでは,若い技術者は自動化の世界に入ってこないのである.ゲームソフトで目標探索を行うような面白さが必要なのである.

  そこで自動化技術に関わる方々にお願いしたい.ノスタルジアで自動化を語らず,面白さを感じさせる機構を残そう.試作工場の片隅に置かれている機構試作品を見せよう.短軸2本を組み合わせてソフトでピックアンドプレース機構を作っている若い設計者も,動く巧みな機構を見ると,自分もこんなものを作ってみたいとなる.「巧みな機構など忘れてしまえ.だが,ここにそれが動いている.新しいやり方で巧みな機構を生み出せる」ことを願うものである.

以上

 


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