Henry Dyerについて(3)

これは東京大学工学部ニュース No.342(98年09月01日発行)に掲載されたものである.
現在も,http://www.t.u-tokyo.ac.jp/archives/tnews/9809/index.shtml
にあるので参照願いたい.
工学部広報室から許可を得た(2005年7月14日)のでここに掲載する.




 ヘンリー・ダイア 胸像贈呈式  
新井 民夫(精密機械工学専攻)


東京大学工学部の前身である工部大学校初代校長 ヘンリーダイアの胸像が英国大使館から東京大学に寄贈されることとなり,その贈呈式が行なわれた.場所はちょうど大英科学博物館展が開催されている東京国際フォーラム,時間は平成10年7月29日午後7時からと,展示会の後の会場での贈呈式であった.

Henry DYER (1848-1918)は明治6年〜15年(1873〜1882)の10年間,工部大学校の初代校長(正式には都検)を務めた.工部大学校は工部省の所管であり,初代工部卿伊藤博文がGlasgow大学のRankineに依頼して都検の選任を進め,GlasgowのAnderson College(後のStrathclyde大学)出身で24才の若さのDyerが選ばれた.Dyerは日本に渡るまでの船上で,工部大学校のカリキュラムを,15歳以上の入学,予科学・専門学・実地学の各2年ずつ6ヶ年とし,専門は土木学,機械学,電信学,造家学,実地化学,鉱山学,冶金学の7学科構成と定めた.工部省での実習である実地学の重視はその後の現場重視・実学重視の工学の元となった.Dyerは8人のイギリス人教師を連れて来日したが,その中には電気工学のAyrton,化学のDiversなどがいて,日本の工学研究の礎を築いた.明治15年(1882),DyerはGlasgowに戻った.

このようにダイアは日本の工学,同時に大学にとって大事な先人である.ところがその名前を知る人は工学部内部でも少ない.そんな中,1997年3月にダイアを記念するシンポジウムが開催され,それが契機となり,今回の胸像製作・贈呈に至った次第である.

英国大使館のコックス科学技術参事官によるご挨拶で始まり,デーヴィッド・ライト駐日英国大使の流暢な日本語のスピーチがあり,ライト卿と蓮實重彦東京大学総長による胸像除幕式が行なわれた.胸像は岩手在住のスコットランドの彫像家岩手在住のスコットランドの彫像家ケイト・トムソン女史の作で,ダイアの前向きの写真から全体を創作したものという.今回贈呈の東京大学分と,11月に行なわれるダイアの母校であるストラスクライド大学贈呈分の2体が製作されたとのことである.

続いて蓮實総長からお礼の言葉が述べられた.英国大使,総長共にウイットに富んだスピーチであった.この胸像の製作費用を負担した英国ICLドナルド・マクガーヴァ日本支社長のご挨拶の後,山村昌名誉教授による乾杯があった.山村名誉教授は,10年以上前からダイアを記念する像の設置を希望していただけに,この乾杯の挨拶には感激一入の様子であった.

贈呈式には、有馬参議院議員(現文部大臣)、森元東京大学総長、江崎前筑波大学長、猪瀬学術情報センター長及び小田前国際高等研究所長ほか、大学・産業界から多数の方々が出席された.ストラスクライド大学からはチェンギ・クオ教授が代表で出られた.その後のレセプションではスティーブンソンのロケット号など産業革命期の機器を前に,英国と日本との科学技術交流の話しに華が咲いた.なお,この胸像は8月31日から工学部応接室に設置される予定である.


(文責 新井民夫 工学系)


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