<高校生のための研究紹介 2004>


 ロボカップ − 移動ロボットによるサッカー 

精密機械工学専攻 知能システム学研究室 教授 新井民夫

1.ロボットサッカー
 知能システム学研究室では,ロボットサッカーの世界大会であるRoboCup(Robot Soccer World Cup)に,Team ARAIBOとして1999年大会から毎年参戦している.ARAIBOは,数あるRoboCupのリーグの中で4足ロボットリーグに所属している.このリーグではSONY製のAIBOが競技に使用されるが,その改造は禁止されている.それではいったい何を競うのかというと,それはソフトウェアであり,大仰に言うと人工知能である.各チームは年に一回ずつの世界大会と国内大会に向けて,常日頃AIBOに搭載するソフトウェアを独自に開発している.
 RoboCupの参加チームは,その多くが大学の研究室を母体としており,各研究室で参加する動機は様々である.当研究室の動機は,チーム名の由来“Advanced Robotics with Artificial Intelligence for Ball Operation”(ARAI +AIBOではない)が示すように,今後実生活でも人の役に立つような,ロボット知能の研究・開発を,サッカーという単純な課題を通して行うことにある.一般にロボットは,自分自身のセンサ(カメラなど)から情報を取り込んで,その情報に基づいて自分自身がどのように行動するかを判断し,実際に行動することを繰り返して行動する.この一連のプロセスには,現在の技術水準をもってしても困難な問題が数多く存在し,それらを解決することは単にサッカーのためだけではなく,ロボットの人間社会での活躍を実現するために必要である.
 RoboCupの参加者は3000人に達し,同時に開催されるシンポジウムには毎年30件以上の論文が発表されている.つまり,一見遊びに見えるこの競技は同時に研究なのである.現在のARAIBOの研究対象としては,カメラ画像から自分がどの場所にいるか,ボールなどの物がどこにあるかを推定(位置推定)するための手法や,自分の位置からボールまでどのように歩くと最短時間でボールの方まで行けるか計算する方法(最適制御)などがある.
Fig.1 試合風景

2. ロボットの制御方法
 AIBOは4本足のロボットであり,足ひとつには3つのモータが付いている.足全体で12個のモータがあり, それらをタイミング良く動かすことで歩行が出来上がる.同時に首を動かす,目(鼻の位置につくCMOSカメラ)で周辺を見る・ボースを探す,移動だけでなくボールを取り扱うなどの様々な行動があり,それらも皆,モータをタイミングよく連動して動かすことで達成する.

3. 行動の決定
 サッカーの場合,センサから自身の位置や向き,他のロボットの位置,ボールの位置など様々な情報を得なければならない.これらの情報を全て考慮して行動決定をする場合,その行動決定則は非常に規模の大きなものとなる.例えば,上記のような情報を与える変数が9個あり,各変数を10等分した場合,その組み合わせの数は109=10億という,非常に大きな数になる.サッカーの場合,ロボットはすばやく自分の行動を決めて動く必要があるため,全組み合わせに対して最適な行動を割り当てた表(状態・行動地図と呼ばれる)を作ってロボットに搭載する方法がしばしば用いられる.しかし,このような大きな組み合わせ数になると,現在最新のコンピュータを用いても,効率の良いプログラムを記述しなければ表を作成するために何年もかかることがある.もう一つの問題として,10億通りの組み合わせに対して行動を記述したものを作成できたとして,それを記憶するためのメモリをロボットが有していないことがある.10億というのはコンピュータ関連でよく用いられるG(ギガ)に相当する.10億の組み合わせに対する状態・行動地図をロボットに搭載するためには,1GB前後のメモリが必要になる.

Fig.2 状態・行動地図による行動例
Fig21状態行動地図による回り込み動作
ゴールに向かってシュートが出来るように
回り込んでボールに近づいている

知能システム学研究室では,これらの問題に対し,状態・行動地図を作るために動的計画法という方法をもちいており,12億の組み合わせに対する状態・行動地図を30分で作成することに成功している.また,ロボットのメモリ不足の問題に対しては,状態・行動地図をベクトル量子化という手法を用いて圧縮することを実現しており,例えば12億の組み合わせに対する状態・行動地図を,10MBのメモリ上に表現することを可能にしている.そして現在,これらの方法を産業用ロボットなどに応用することを試みている.

4. シミュレータによる研究の加速
シミュレータによりPC内に試合状況を再現し,この環境内で仮想ロボットに行動を獲得させる試みを行っている.このシミュレータ(Fig.2)の特徴は,実機のカメラ画像の歪みやノイズを忠実に再現することである.仮想ロボットは実機と同じ画像処理を用いて環境を認識して行動するため,獲得した行動が実環境でも通用することが期待される.
Fig.3. ソフトウェア開発のためのシミュレータ
センサー系にノイズを載せて実際と同じ画像を得る

5. おわりに
 知能システム学研究室の研究のひとつ「移動ロボットによるサッカー」における,状態・行動地図関連の研究,シミュレータの開発について説明を行った.詳しくはホームページhttp://www.robot.t.u-tokyo.ac.jp を参照されたい.


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