自己の身体部位に関して,それが自己の一部であるという感覚を身体所有感(Sense of Agency)と呼びます.身体所有感は視覚や体性感覚から得られた情報の時空間的な整合性により生じると考えられており,時として自己の身体ではないものに対して身体所有感を感じることもあります.一方で,運動主体感(Sense of Ownership)とは,自己の身体部位が運動した際,「この運動は自分が行った運動である」という感覚を指し,視覚や体性感覚のみならず運動時に発せられる運動指令ないしその適応性コピーなどが元になっていると考えられています.図は手を挙げるという行為を一例として身体所有感と運動主体感を描いたものです.
我々は 視覚,聴覚や力覚などのマルチモーダルな感覚フィードバックや先行刺激,運動企図,行動目標などといった様々な要素に着目し,身体所有感や運動主体感の生起に関して研究を行っています.
脳内身体表現とは,身体について本人が有している内部的な表現であり,脳内にある自己の身体表象です.人間が身体運動を行う際,まず運動指令を生成する上で自分の身体情報,つまり脳内身体表現が必要となります.実際に運動を行うと感覚器からフィードバックが得られますが,上で述べた身体所有感や運動主体感などの知覚は,感覚器から得られる感覚情報が脳内身体表現に修飾されることで生じます.そして,身体所有感や運動主体感の知覚経験に基づいて脳内身体表現は変容していく,と考えられています.一連の流れの概念図を左図に示しました.
超高齢化社会を迎えたわが国では,加齢を原因とした運動器の障害や片麻痺などの後遺症が残存することが多い脳血管疾患が増加しています.これらの運動機能障害を克服する効果的なリハビリテーション手法の確立のため,正常な知覚機能と適応的な運動生成の背景にある脳内身体表現の変容メカニズムを理解することは極めて重要な課題です.我々は,VRシステムを用いた被験者実験などを通じて,脳内身体表現の変容メカニズムの解明,モデル化を行っています.